小学生のころ班をつくるときに、班長が順番に好きな人を班員に指名していくというドラフト制の決め方で、私はいつも最後まで余っていた。
最初は全員立たされて、選ばれた子から椅子に座って行く。
いつも、最後まで一人で立たされるのは私で、つらかった。
(これ、今の時代でもやってるんでしょーか?酷いやり方だと思うけどな・・・)
そして最後一人立たされたまま、班長達の会議がはじまる。
「(Solitude)いる?」「うちいらない」「うちもいらない」とか話しあってというか押しつけあって、結局どこかにイヤイヤ引き取られるというパターン。
トドメは帰りに先生に職員室に呼び出され、
「Solitudeちゃん、なんで最後まで選ばれなかったと思う?」
「・・・・・・・」
「なんで○○ちゃん(知的障害の子)より先に取られなかったと思う?」
「・・・・・・・」
「Solitudeちゃん、全然自分から話しかけないからよ」
「・・・・・・・」
「Solitudeちゃんが憎くて言ってるんじゃないのよ」
「・・・・・・・(涙目でうなづく)」
何を言えと言うのだ。
今の子はたぶんこんな残酷な思いはしなくて済んでいるだろうから、いいな。
親が黙ってないだろうしさ。私が親でも、この班の決め方は問題提起するな。
まぁどんぶり勘定でも最低20回ぐらいはこのような思いをしてきたわけで、小学校卒業する頃にはもうすっかり嫌われ者だということを自覚させられた。
まさか今そんなことやってる先生はいないと信じたいですが、どうなんでしょうね。
班決めに近いものとして体育等では「はい、二人組(グループ)作ってー」がよくありますよね。
私は中学時代、体育は唯一仲良しの子とクラスが違ったので大抵は優しい子に頼むと気を遣って入れてくれましたが寂しかったです。
ちょっと話がそれますが、私が小学校一年の時の年配の担任も、給食に関して今だったら大問題のやり方をする人で、
その頃仲良しだったいつも給食を時間内に食べられない小食な友達は、掃除の時間まで半泣きになりながら食べさせられてました。
その子は発達障害ではなかったけど、アスペルガー等の子供には偏食の問題がある子も多いようなので、
そういう時代遅れな先生に当たったら悲劇だったと思います。
ましてやそうした班決めや食事の躾が正しいと思われていた時代に育った発達障害の人は、
トラウマやフラッシュバックに苦しむ人がたくさんいることでしょうね。今はもうそんな古臭い先生がいないといいんですが。