ああいう事件が起こったさい、被害者に同情するより真っ先に、加害者の脳特性や、心象風景や、バックグラウンドばかりが気になってしまうのは、職業病ならぬ発達障害者病か?
さっそく案の定、加害者少女がアスペだという説が出ているが、べつにそうであっても驚きはしない。
けど、典型的なアスペだとも思えない。
文武両道とか(アスペは大抵、運動神経が鈍い)、猟奇的といった特性はアスペの特徴ではない。
衝動性の強さからいってもADHDの要素のほうが強いんじゃないかと思えるけど・・・。
まぁ、どっちでもいい。持って生まれたものは仕方ない。
障害の有無にかかわらず、
「(本人にとって)一定の悪条件が揃ったとき」、人は犯罪を犯してしまう。
私自身、アスペルガーの犯罪性が高いとは思わないけど、その「悪条件が揃う確率」は、定型発達者より高いのは事実だろう。少数派民族だし。めちゃくちゃ環境を選ばないと、まともに生きていけないわけだし。
この加害者少女がアスペだったとしたら、ぶっ壊れる悪条件は見事に揃っていたと言えるだろう。
だからといって正当化できるわけではないし、あまりにも重い罪だけど、毎度おなじみの「家庭環境が悪い中でも立派に育つ子はいくらでもいる」系の批判にはうんざりである。
このテの「定型理論」って、マイノリティに対するものすごい存在否定・人格否定であるのだが、誰にも咎められないんだよね。多数派だから。
理解できない悪には怒り、死刑にしろとわめき、被害者に同情して涙する。
幸せだね、マジョリティーの人達って。
